台所で詠子が何かやっている
「何してるんだ?」
「チョコレートのクッキー作ってるの」
見に行くと、台所に薄力粉とか砂糖とか、いろんなもの広げてる
そうか、明日はバレンタインデーだ
しかし、1969年当時それほど普及はしていない
「誰に渡すんだ?」
「会社の人よ」
詠子はまだタツノコプロダクションで色塗りの仕事をやっていた
「義理チョコか」
「当たり前じゃん!」

最近詠子も色っぽくなってきた
もうすぐ16歳か・・・
風呂上がりの上気した肌を見てると、時々ドキッとする

いけないいけない!
そんなつもりでこの時代に連れてきたわけじゃないのだから・・・

翌日
詠子は俺にもチョコレートクッキーをくれた
「義理だけどね」
そう言いながらニッコリ微笑む詠子
「ふん」
感心なさそうに受け取った俺だが、心の中は有頂天
「そうだ!健司くんにもチョコレート上げるんだぞ!」
「だって、会わないもん、おじさんから渡しておいて!」
そう言って、健司くん分のクッキーを放ってよこすと、ドアを閉めて駆けて行った

健司の家へ歩きながら、作戦が遅々として進まないことを反省する
健司はまだ子どもだから、積極的に行くこともできないし、歌もそんなにうまくないし、作詞をさせてもつまらないし、ギターだって上達しない・・・
しかし、それは全て自分に返ってくる
自分自身に文句を言っても仕方ない・・・
何か大きなきっかけを作らなくちゃ・・・
歌声喫茶に行って昔を懐かしんでいる場合じゃない・・・反省

俺は年取ってから、後悔が一つある
無銭旅行でも何でもいい、若い時に外国に行かなかったことだ
そういう冒険心が俺には足りなかった

そうだ!
健司を未来に連れて行こう
そして、未来の文化に触れさせよう!
そうすることによって、あいつの才能が花開くかも知れない!


つづく




 「よし!今日は新宿へ出かけるぞ!」
俺は詠子を連れて三鷹に出た
詠子に健司を誘いに行かせ、三鷹駅前で煙草を吸いながら待っていた

詠子に連れられて不機嫌そうな顔でやってくる健司
「なんで、突然呼びにくるんだよ・・・僕だって用事があるのに・・・」
不機嫌そうな顔をしているが、詠子に誘われると、健司だって嫌なわけがない
生まれてから一度も彼女がいない健司だから
女の子を相手に、どう対処していいのか分からないだけだ
詠子のように可愛い女の子が誘いに来て、嫌な訳が無い

それが証拠に、駅前で同級生に会った健司は、詠子と一緒の所を見られて
「また、学校で何か言われるよ〜」なんて言いながらも、嬉しそうだった

「それで、どこへ行くの?」
「歌声喫茶だ」
「うたごえきっさ?・・・なにそれ?」
「聞いたこと無いか?」
「うん・・・」
「あたしも知らない」
詠子が知っている訳が無い

俺たちは東京行きの中央線に乗った

「歌声喫茶の歴史を話すと長くなるから、とりあえず、灯の話をしよう」
「ともしび?」
「そうだ、ともしび・・・西武新宿駅前に1956年に開店したそうだ、当初はロシア民謡などをみんなで歌っていたらしい、店名のともしびも、そこから来ている」


ともしび

夜霧のかなたへ別れを告げ 雄々しきますらお出でて行く
窓辺にまたたくともしびに つきせぬ乙女の愛のかげ♪


「1958年に4階建ての灯ビルが出来た。この頃が一番盛り上がっていたかもしれない」 

俺たちは新宿で降りて、西武新宿駅前まで歩いた

灯の店内は2階と3階が吹き抜けになっていて、広いステージがあり、客席も250席あった
最盛期は店内に入りきれない人々が店を取り囲むように並んでいたらしいが、1969年の今は、少し落ち着いていた。
背もたれの無い長椅子に並んで座り、灯歌集を買った
お客はやはり若者ばかりだ
俺のような50代は居ない
ステージに歌唱指導者が上がり、ステージが始まる

「みなさん、お待たせしました!本日第一回目のステージを始めましょう!お待ちかねの一曲目はカチューシャ!」


カチューシャ

りんごの花ほころび 川面にかすみたち
君なき里にも 春はしのびよりぬ♪


こうやって、次から次にみんなで合唱する
初期はロシア民謡などが多かったようだが、この時代はやはりフォークソングが多くなっている
歌集を持っていない人は、初めて会った隣の人に見せてもらって歌った。
演奏はカラオケなんかじゃなくて、バンドの生演奏。
コーヒー一杯で朝から閉店まで歌う人もいるらしい。
最初は恥ずかしがっている人も、周りに影響されて大声で歌っている

詠子も健司も大きな口を開けて歌っていた

こんな、楽しい店なのに・・・
時代の流れには逆らえず、1977年に閉店した。

しかし、今でも
新宿のあるビルの中で「灯」はひっそりとやっている
興味のある人は行ってみてください
客層は年配の人がほとんどですが、今でも大声出して元気に歌っています


つづく


                  参考文献 「歌声喫茶(灯)の青春」 丸山明日香


 鷹の台のタツノコスタジオ
扉を開けて中に入る
玄関の両側に靴箱が置いてある
俺は靴箱を適当に開け、スリッパを取り出して履いた
右側が受付みたいになっていたが無視して中に入り、カタカタと音のする部屋のドアを開けた

暗く狭い部屋に何人もの人が集まって、フィルムを見ていた
映写機の音だけが狭い部屋に響き渡る
最前列に座っていた人が叫んだ
「そこ戻して!」
映写機を操作していた人がフィルムを戻して再度流した
「あっ!そこそこ、肩がパカってる」
周りの人々から同調する声が上がる
「カット53、大魔王の肩パカ」
「はい!」
ヒゲ面の若い男が何か記入する
またフィルムが流れ出し、同じことを繰り返していく
「カット82、セル浮き!」
「カット139、パンガタ!」

フィルムを見ているうちに思い出した
これは(ハクション大魔王)というアニメーションだ
今はみんなで間違いを探している途中ってことだ

フィルムが終わり、部屋に灯りが点いた
集まっていた人々は三々五々部屋から出て行った
痩せこけたヒゲ面の若い男に何か指示していた人は、横に座っている小さい人に顔を向けた
「笹川さん、あそこのカット、どうですか?やっぱり直したほうがいいですかね?」
笹川さんと呼ばれた30過ぎくらいの小さな人は穏やかそうな表情のまま
「いいんじゃない、大丈夫でしょ、いい感じに上がってますね、さすがは資祐さんです」
資祐さんは照れくさそうに笑った

資祐さんとヒゲ面の男は忙しそうに部屋を出て行った
「すぐにカット用意します!」
ヒゲ面の男の声が聞こえる
笹川さんはフラッと立ち上がると、そのまま奥の部屋をのぞいて、誰かに声をかけて笑っている

映写機のある部屋は6畳くらいの広さの中に長テーブルが一つ置かれていた
壁際には、俺の知らない機械が並んでいる
見回しながら立っていると、笹川さんが戻ってきて、俺の前で立ち止まった
「あなたは?」
笹川さんは俺の顔を見て首を傾げ、急に思い出したように
「ああ・・・新しく入った作画の人ですか?」
「はい、そうです!山田健司郎です!よろしくお願いします」
俺は右手を差し出して強引に握手した
笹川さんの小さな身体がヨロケた
「はい、そうですか、よろしくお願いします・・・」

「笹川くんは、ここで何の仕事をしてるの?ペイント?」
笹川さんの正体を知らない俺は、年下の男に気楽に聞いた
笹川さんはびっくりした顔して俺を見た
「あ・・・あの・・・監督しています・・・」
「監督!?」
監督と言えば、世の中で一番偉い人間!俺はびっくりして平伏した
「失礼いたしました!まさか監督だとは思わず、ご無礼の数々お許しください!」

笹川さんは笑いながら
「ハハハ、いいんですよ、気にしないでください」
笹川さんは若いのに立派な人だと、俺は感心した

俺はそれから堂々とスタジオ内を徘徊した
しかし・・・昼過ぎなのに、あまり人が居ない
机の下で寝ている人もいる
仕事している人に聞いてみると、みんな夜になると出てくるらしい
漫画家の生活と似ているようだ・・・

しかし、みんな若い
スタジオ内で出会う人たちはみんな俺より年下だ
薄汚れているが、何か溌剌として自信に充ち溢れている
それがアニメスタジオで働く人々の特徴のようだ
何気なく梁山泊ってこんな雰囲気だったのかもしれないな・・・と思った

スタジオ内が迷路のようになっているので、うろついているうちに迷子になってしまった
途方にくれていると若い女の子が部屋から出てきたので声をかけた
「あの〜ここに田中詠子さん働いてませんか?」
「ああ、居ますよ、こっちです」
連れて行かれた狭い部屋で、詠子は机に向かってカンちゃんの色を塗っていた
「おじさん!こんなところで何してるの?」
詠子はびっくりした

「いや・・・ちょっとな、見学に来たんだ」
「やだ〜〜ストーカーみたいな真似しないでよ〜〜」
ちょっと機嫌が悪い
「分かった、すぐ帰るよ」
俺はあわてて部屋を出て階段降りて行くと、玄関に出た
受付前のソファに笹川さんと背広姿のちゃんとした人が座って話していた
俺は軽く頭を下げながら二人の前を通り過ぎ
思いついて声をかけた

「笹川さん」
笹川さんと背広の人が俺を見た

「私の知り合いにドロンボーっていう泥棒の三人組が居るんですよ、そいつらはインチキ商売で金を貯めてロボットを作っては悪さをするんです」
笹川さんと背広の人はポカンと俺を見ている

「ドロンボーのライバルが、ヤッターマン1号2号って言うんです、面白そうでしょ?それじゃさようなら」
俺は外に駆けだした

笹川さんが背広の人に声をかけた
「社長・・・今の人、社長の知り合い?」
「いや・・・笹川さんの知り合いじゃないの?」
「さっき会ったばかりです・・・」
笹川さんと吉田竜夫社長は呆気に取られたまま閉まった扉を見つめた


つづく








 「あたし、働きに行きたい」
夕食の時、詠子が突然言った
俺は思わずコロッケを喉に詰まらせた
「働く?なぜだ?」
「だって、毎日家にいてテレビ見て、おじさんの食事の世話をして、時々健司くんと三人で日比谷野音行ったり、フォークコンサート行ったりだけの毎日なんて、退屈!他に友達も居ないし、おじさんと健司くんと遊んでたって、面白くない、もう飽きた」

「・・・そうか・・・じゃあ、高校行くか?」
「今更、高校なんて行きたくない、元々勉強なんて好きじゃないし、働く」
「働くって言っても・・・何かやりたいことあるのか?」
「もう、面接してきたんだ」
詠子がハガキを出した
採用通知だ

「タツノコプロ?なんだこれ?」
「アニメ会社よ、ハクション大魔王作ってる会社」
「ハクション大魔王・・・聞いたことはあるな・・・そこで何して働くんだ?詠子は漫画なんか描けないだろう?」
「ペイントよ、色を塗るの、誰でもできる仕事だって言ってたわ」
「誰が?」
「面接してくれた吉田竜夫社長」
「ふ〜ん・・・」

今は、俺がパチンコで稼いでくる金だけが、収入だった
ちゃんと就職して働けば、もっと稼げるのだが、そうすると、当初の目的を達成することが難しくなってくる・・・

当初の目的!
詠子と健司を恋仲にすること!

最近ちょっと当初の目的を忘れているかもしれない
いけないことだ・・・

俺の叶えられなかった夢を健司に叶えてもらおうと、フォークシンガーに拘りすぎたかもしれない・・・

ここで、詠子がアニメ会社で働きだすと、健司と合う時間が減ってしまうかもしれない・・・
それでは、目的が達成できない・・・

俺は考えた・・・・・・・・・・・・・・

「よし!分かった!」
「許してくれるの?ありがとうおじさん!」
「俺が代わりに働きに行く!」
「えっ?・・・どういうこと?」
「俺が代わりにタツノコプロでペイントの仕事をする!」
「何言ってるの?おじさん・・・ペイントは女子だけなの、男は募集してないのよ」
「ホントか?そりゃ男女差別だぞ!」
「もし・・・男でも良くたって、50過ぎのおじさんなんか雇ってくれるわけないでしょ」
「・・・そうか・・・」

「許してくれないのだったら、家を出ます!」
「わ・・・分かった・・・」
結構気が強いんだ、詠子は・・・


翌日から詠子は嬉々として働きに出かけた

俺は一時間ほどしてから、前もって調べておいた住所に出かけた
国分寺市鷹の台だ!

駅から10分ほど行った畑の中にタツノコプロダクションのスタジオがあった
建物の前に立って、ジロジロ眺めていると、扉を開けて汚い格好の若い男が出てきた
彼は胡散臭そうに俺を見ているので、落し物を探しているふりをした
「え〜と・・・ここらへんに・・・」
彼はスタジオ横の駐車場に歩いて行った
次にガタイのいいやくざ風の若い男が出てきた、やくざ風の若い男は俺をジロッと睨んだ
・・・殺される!・・・
一瞬ビビった
「案納さん、こっちです」
汚い格好の若い男が、やくざ風の男に声をかけた
「おう!」
案納さんと呼ばれた男はそう言って、車のほうに歩いて行った
・・・助かった・・・

アニメ会社はもしかして恐ろしいところかもしれない・・・
詠子を働かせていいのだろうか?

二人を乗せた車が走り去ったので、俺は気を取り直してスタジオの扉を開けた


つづく


俺は健司に宿題を出してみた

「詩をかいてみろ!」
「詩?・・・書いたことないんだけど・・・」
「フォークシンガーになりたいんだろう?それだったら作詞できなきゃしょうがないだろう!人の作った歌ばかり歌っていてもダメなんだ、オリジナリティが無けりゃな」
「はい・・・分かりました・・・」
健司は自信無さそうに頷いた

俺も16歳の時に詩なんか書いたことが無い
だからこそ、俺が叶わなかった夢のために、健司を教育していくのだ
フォークシンガーになって、詠子の愛も勝ち取るのだ

詠子は最近テレビアニメばかり見ている
ちなみに1969年頃に放送していたアニメは
「どろろ」「忍法カムイ外伝」「もーれつア太郎」「紅三四郎」「ウメ星デンカ」「海底少年マリン」
「ひみつのアッコちゃん」「タイガーマスク」「サザエさん」「ハクション大魔王」「ムーミン」
「アタックNO.1 」「男一匹ガキ大将」
こうやって列記していくと、錚々たるアニメ群だ!
子どもたちには堪らない毎日だったんだろうなぁ〜

詠子と健司を何とか仲良くさせようと思っているのだが・・・
どうも、うまくいかない・・・
詠子はちょっと大人びたところがあって、ひとつ上の健司を子供っぽいと馬鹿にしている感じがある
年齢設定を間違えたかも知れない・・・
15歳の詠子じゃなくて13歳の詠子を連れてくれば良かった・・・

数日して健司から電話が来た
三鷹まで自転車で出かける
名曲喫茶「第九」で会う

「作詞出来ました」
そう言ってノートを広げた

この世は無常
つらいことばかり
こんな世の中 俺はいやだ
大人になんか なりたくない
子どものままで 俺はいるさ
戦争 戦争 戦争 大人は戦争ばかり
でも 子どもは幸せ
子どもだったら戦争しない

親の言うこと ウソばかり
親なんか信じられない
先生だって ウソばかり
世の中 ウソばかり
信じられるのは キミの笑顔
ラララ〜〜〜 ラララ〜〜〜〜


「・・・・・」
健司は身を乗りだして俺の顔色を伺っている
「どうですか?初めて書いたのに、けっこう良く出来たなって思ってるんだけど・・・」
俺はノートを閉じた
どう言ったらいいのか、俺は考えた・・・
誉めるべきか・・・
厳しく行くべきか・・・
誉めて調子に乗られてもムカつくし・・・厳しく言ってやる気を無くさせるのも困るし・・・
こういう時、俺は優柔不断なんだ・・・だからいつまでも、しがないエロ漫画家だったんだ・・・

「いいよ、最高だよ!」
取りあえず誉めることにした
「この調子で、どんどん書きなさい!書けば書くほどうまくなるぞ!間違いない!」
不安そうだった健司の顔が明るく輝いた

「ホント!?じゃあこれでレコードに出来る?」
ほら、やっぱり調子に乗った
「いやいや、まだまだ、レコードに出来る曲は100点満点じゃないとダメだ!いまはまだ・・・そう・・・80点くらいかな!100点目指して頑張ろう!」
急にがっかりする健司
「え〜〜、ダメなの?・・・」
「うむ!レコード業界は厳しいんだ」
「・・・100点満点の曲って・・・例えば?」
「そりゃ、もちろん、岡林信康の曲さ、あとは・・・ザ・フォーク・クルセダーズの(帰ってきたヨッパライ)とか・・・」
「・・・帰ってきたヨッパライより、いい詩だと思うけど・・・」
健司は不満そうだ
「自分で書いたものは、他人が評価するんだ、自己満足に陥っちゃいけない!もっとたくさん書けば、もっと良い詩がたくさん出来る!頑張れ健司くん!」
「・・・はい・・・」

「ちなみに・・・キミの親はウソばかり付いて、キミを騙すのか?」
「いや、とても優しい親ですよ、ギターも買ってくれたし」

愚問だった・・・
健司の親は、俺の親でもある・・・
俺の親はしがない地方公務員、騙されることはあっても、騙すほどの才覚は無い

「キミの詩に(親の言うことウソばかり)って、書いてあったけど?」
「ああ、そこですか・・・何となくそう書いたほうが、フォークソングっぽいかなって思っただけです・・・」
「そ・・・そうだね・・・」

なんか急に元の時代に帰りたくなった・・・


つづく





 新宿風月堂は新宿駅東口、角筈一丁目にあった
店内にはクラシック音楽が流れている
ここは当時
「風月堂に行けばすぐに友達ができる」と言われた店だが
1969年当時はそんな熱気は失せていた
店内には昼日中から営業の途中仕事をサボっているようなサラリーマン、長髪で風呂に入ってないようなフーテン、新宿の甘美な香りに引き寄せられた田舎者、警察に追われているような学生運動家などなど、雑多な人々が虚ろな表情でソファにもたれていた

俺と詠子が店内に入ると玄関脇の席に16歳の俺が心細そうに座っていた

「やあ、お待たせしました」
俺は明るくニッコリとして、16歳の俺の不安を消してあげようとした
詠子は何も言わず、物珍しそうに店内を見ている

「あの・・・」
小さな声を出す健司
「僕はこれからどうすればいいのですか?」
俺は更にニッコリして
「それは私のほうで考えてあります、まず(あしたのためにその1)ギターの勉強です、取りあえずFコードはキチンと押さえられるようにしてください、それだけで充分です、ギター抱えて歌えば誰がやってもフォークソングに聞こえます、それと色んなシンガーの色んな歌を知らなくてはいけません、それも、私のほうで手配しますから、キミは何にも心配しなくていいですよ」
「はあ・・・」
俺は腕時計を見た、6時過ぎている
「取りあえず今日は新宿西口に行きましょう」

三人は風月堂を出て新宿通りから地下歩道ガード下を潜ってションベン横町に出た

詠子は顔を顰めて
「なんか臭い、このへん」
「ハハハ、ここはションベン横町って言うんだ」
「やだ〜」

健司はまだ固い表情のままだ
「健司くん、別に怪しいところに連れて行くわけじゃないから、そんなに緊張しなくていいよ」
「は・・・はい・・・」
「どこへ行くの?」
詠子は楽しそうだ
「これから新宿西口地下広場に行く」

新宿西口の地上から階段で降りている途中、騒音のような歌声が聞こえてきた


くそくらえ節  岡林信康

ある日学校の先生が 生徒の前で説教した
テストで100点取らへんと 立派な人にはなれまへん
くそくらえったら死んじまえ くそくらえったら死んじまえ
この世で一番えらいのは 電子計算機

ある日会社の社長はん 社員を集めて訓示した
キミたちわたスを離れては マンズ生きてはいけない身の上さ
くそくらえったら死んじまえ くそくらえったら死んじまえ
金で買われた奴隷だけれど 心は俺のもの 


西口地下広場には千人以上の人々が集まり声を限りに歌っていた
いや、歌っていると言うより、怒鳴りまくっているというほうがふさわしいかも知れない
そこには熱気が立ち込めていた
中心にはフォークゲリラの若者たちがギターを抱えて歌っていた
その周りに座り込んだ人々はガリ版刷りの歌集を手にして歌っていた
輪の周りには全共闘系学生たちがビラ配りをしていた

買い物帰りのおばさんが文句を言っている
「あんたたちがこんなとこで座り込んでると通行の邪魔よ!あたしは早く家に帰りたいのよ!どいて!」
すると一人のサラリーマンが叫ぶ
「あなたが1分早く帰宅することと、いまここでベトナムや戦後日本の問題を考えることと、どちらが重要か!」
「そうだ!そうだ!」

学生からサラリーマン、中年のおじさんまで、ここではみんなが熱に浮かされるように大声で歌い大声で議論していた
2012年の新宿西口地下では想像できない風景だ

あの当時、引っ込み思案だった俺は、新聞記事で知っていたが、実際にここに来たことは無かった
いまこうして、西口地下広場に立った俺の心の中に熱い物がこみ上げてくる
16歳の俺を連れてくることを理由にしていたが、本当は俺自身がここに来たかったんだ
あの頃、出来なかったことを、やり直したいと思っているんだ俺は!

そんなことを考えていると、自分でも気付かぬうちに歌いだしていた

くそくらえったら死んじまえ〜〜〜
くそくらえったら死んじまえ〜〜〜

横を見ると、健司と詠子も声をそろえて歌っていた

こんな楽しい空間が1969年の新宿にあったなんて・・・

しかし、この後すぐに機動隊が投入され、フォークゲリラの連中は逮捕される
容疑は、道路を不正に使ったという道路交通法違反と、無届の集会だという公安条例違反
そして西口広場は西口通路と名前を変えられてしまい
警官たちがスピーカーで怒鳴る声が地下に響いた

「ここは通路です、立ち止まらないでください、ここは通路です」

俺たちの広場は戻ってこない


つづく

             参考文献 「新宿フォークゲリラの夜」 吉岡 忍 
        
                    「日本のフォーク&ロック史」 田川 律
 

 何日か経つと、詠子もここの生活に慣れてきた
携帯は無い、CDも無い、テレビはほとんど白黒、ゲームも無い
2012年に比べると無い物ばかりだが、そんな生活、慣れてしまえばどうってことは無い

詠子が慣れてきたのを見計らって、16歳の俺に会いに行くことにした
場所は三鷹
まだペデストリアンデッキも無い駅前、第九書房が南口駅前にあり、その二階が名曲喫茶「第九」
近くには名画座三鷹オスカー
ジブリ博物館もまだ無いころの三鷹駅は落ち着いた田舎の駅という風情だ
ここから三鷹車両センターに向かって歩いて行くと、すぐに俺の実家がある
当時の父母に会ってみたい気もするが、今回は止めておこう

「どこ行くの?」
「知り合いに会いに行くんだ」
「どんな知り合い?」
「・・・まあ、親戚ってやつかな」
「ふ〜ん・・・でもここが三鷹なんてすごいわね・・・信じられない」

仕方なく詠子にはここが1969年の世界だと言う話しはしてしまった
他に良い案が浮かばなかったのである
スバル360がタイムマシンだとは言わなかった
勝手に操作されて一人で帰られたら大変だ
何か時空の割れ目にはまりこんでこの時代に来てしまった
という適当な話しに「ふ〜ん」と言っただけだ
納得したのかどうかは、よく分からない
それでも、連れてこられた時のような反抗的態度はもう取らなかった
自分の住んでいた世界の、色んなものから解放されて、スッキリしているようにも見える

実家に着いた
「詠子、この家に山田健司って言う高校生が居る、そいつを呼んでもらえるかな」
「・・・おじさんの名前、何だっけ?ヤマダケンジって言わなかった?」
「お・・・俺は、山田健次郎だ、健司じゃない・・・」

ホントは山田健司だが・・・二人とも山田健司では紛らわしい・・・

「そうだっけ?まあいいや」
詠子は玄関の引き戸を叩いた
俺はあわてて隠れた

母が取りついでくれた
懐かしい母の声を聞いて、俺は涙が溢れそうになった
母は五年前に亡くなっているのだ

16歳の俺が出てきた
不安そうな声が聞こえる
そりゃそうだろう、突然見も知らぬ美少女が訪ねてくるのだから・・・

俺が隠れているところに、二人が来た
16歳の俺は、59歳の俺を見て眉を顰めた
「何か用ですか?」

俺は顔一杯の笑顔で
「私、URCの山田と言います、初めまして」
そう言って名刺を差し出した
16歳の俺は怪訝な顔で名刺を受取る
「URCと言うのは、アングラ・レコード・クラブの略称でございます、今回、自主制作で、いろんなフォークシンガーのレコードを通信販売で配布することになりました、いま予定しておりますのが、岡林信康先生と五つの赤い風船先生のアルバムでございます、第二回、第三回と配布していく予定でありますが、第二回以降、ぜひ、山田健司先生のアルバムも配布させていただければと思って、本日参上したわけでございます」
山田健司キョトンとしている
「よろしいでしょうか?」

「えっ・・・あの・・・どういうことだかよく分からないんですが?」
「簡単に言いますと。プロのフォークシンガーとしてデビューしませんか!と、こういうわけです、はい」
急に表情がほぐれて、声のトーンが高くなった
「ホントですか?」
「ホントです」
「でも、なんで?・・・僕なんかを?・・・あれ・・・もしかして・・・デビューさせてやるから、金を出せとか、そういうやつ?」
俺は昔から疑り深い性格だった

「いえいえ、お金は一円もいただきません、とりあえず、細かいお話しをしたいので、明日夕方、新宿の名曲喫茶風月堂にご足労願えますか?」
「は・・・はい・・・それはいいですけど・・・」
「それでは失礼いたします」
帰り際、詠子はニッコリと山田健司に微笑みかけた
相棒としては、なかなかいい笑顔だ
茫然としたままの16歳の俺を残して、二人は三鷹駅に向かった

駅が近づいてきたころ、詠子がボソッと言った
「おじさん、嘘つきなのね」
俺はちょっとあわてた
「いやいや、これには親戚間の深い事情があるんだ、あの子には内緒だぞ」
「いいけど・・・あたしには関係無いし」
「それはそうと、あの子、詠子より一つ上の16歳だけど、どう思う?」
「どう思うって・・・意味分かんない?」
「詠子の好みかな?」
「ちっとも」
「そんな簡単に言うなよ、あいつにはフォークシンガーとしての才能があるんだ、将来有望だぞ!」
「ふ〜ん」
興味は無さそうだ
まあ、一目惚れなんてことは滅多に無いもんだし・・・長い目で見て行こう

「どうだ、名曲喫茶寄って帰ろうか?」
「やだそんなの」
仕方なく駅前の甘味処に入って蜜豆食べた


つづく







 夜の10時過ぎ、風呂から上がった作者に、二男がこう言った
「いまアメリカの世界貿易センタービルに2機目の飛行機が追突したよ」
作者は身体を拭きながら
「そんなわけないだろ、偶然でもそんなことは滅多に起こらないよ」などと呑気なことを言っていた
2001年9月11日の夜(日本時間)

俺は塾帰りの15歳の彼女を拉致して車に押し込んだ
暴れる彼女の顔を殴ってしまったのが唯一の誤算だった
しかし、それで彼女は急に静かになった、こういうのを怪我の功名というのか?
タイム表示を1969年にしてすぐにタイムマシンを発進させた

1969年4月
この時期、国鉄中央線荻窪三鷹間の高架複々線化が完成している

武蔵関、現在スタジオぎゃろっぷ自社ビルが建っているあたりに到着
しかし、この時代スタジオぎゃろっぷは無く、あたりは畑だらけだったので、幸い誰にも見つかることも無かった
俺はすぐに駅前の不動産屋に行った
平屋の一軒家で1万8千円だ
猿ぐつわをしたままの彼女を部屋に残し、生活道具を買いに行った
そんなことをしているうちに日が暮れてきた
彼女は暗い部屋で縛られたまま寝ていた
涙の跡が残っている
その時俺は、申し訳ない気持ちで泣きたくなった

・・・彼女を幸せにしよう・・・

そう誓った

猿ぐつわを外し、手足の縄を解いた
彼女はまだ眠ったままだ
彼女が起きるまでの間、俺は食事の用意をした

味噌汁の味を確かめている時、急に後ろから殴られ昏倒した
見るとフライパンを振りかざした彼女
「うあ〜〜〜〜!」と叫んで更にフライパンを振り降ろしてきた
俺はすかさず彼女の腹を蹴った
「ぐへっ」と叫んで彼女が六畳間に転がっていった
俺は馬乗りになり手足の自由を奪った
「やめろ!そんなことをしても無駄だ由香!」
「ぶ〜〜〜っ」
彼女はふくれっ面をして黙ってしまった

味噌汁が吹きこぼれそうになったので、俺はあわてて彼女の上から下りてガスを消した
彼女は上半身を起こして俺を睨みつけながら
「あたしは由香じゃないわよ!誰かと間違えて誘拐したんじゃないの?」
「分かってる、由香っていうのは店の名前だからな、本名は田中詠子15歳、間違いじゃない」
「誘拐したって、うちは貧乏だからお金無いわよ」
「分かってる、金目的の誘拐じゃない」
「じゃあ、身体目的?いいわよお金払うのなら一回くらい、援交してる友達は一杯いるからね」
俺は怒鳴った
「そんな目的じゃない!俺は君の身体に指一本触るつもりは無い!そんな汚らわしい気持ちは一切ありません!」
彼女はキョトンとした顔をして
「お金もいらない、あたしの身体もいらない・・・じゃあ、何のために誘拐したのよ・・・おかしなおじさん・・・ああ、お腹空いた、ご飯食べよう!」
「あ・・・そ・・・そうだな」

貧相な食卓だったが、取りあえず彼女と俺の初めての晩餐
テレビでは(ひみつのアッコちゃん)を放送していた
ご飯を食べながら笑う詠子
「アッコちゃんおかしい〜〜、でもさ、おじさん、テレビ壊れてるわよ」
「壊れてないんだ、この時代はまだ白黒テレビが当たり前だからね」
「白黒テレビ?なんでわざわざ白黒?・・・エコってこと?」
「まあ・・・そんなもんかな・・・」
そう言いながら、ふたりはテレビを見て笑った


つづく



「タイムマシン」はショートショートで書き始めたので・・・行きあたりばったりで続けているうちに迷路にはまりこんでしまいました、そんなわけで、新たに「新タイムマシン」として「自由への長い旅」を書き始めます、今度はちゃんと考えて書きます!(笑)


自由への長い旅 序章

物語は2012年から始まる
主人公の俺は59歳、来年は還暦だ
仕事はエロ漫画誌の挿絵やエロ漫画を描いたり、昔の知り合いから暴露雑誌のカット描きの仕事をもらったり、たまに子供向けの自伝などの漫画を頼まれたりするが、これはページ数も多く、とても美味しい仕事だ・・・しかし、そんな仕事は滅多に無い・・・

40代までは二流雑誌だったが青年誌に描いていた
20代から漫画家になり、一時は連載三本も抱える人気漫画家だったこともある
アシスタントの女の子と結婚し、子供も生まれ幸せな時期もあったが、連載が減って行くと、妻も去り「先生!今度うちの本にも連載お願いしますよ」と言っていた編集者もスタジオに顔を出さなくなり・・・いつのまにかアシスタントも居なくなり、仕事も無くなってしまった・・・

漫画の世界も日々進歩しているが、そのスピードに着いて行けなくなったベテランの生きる場所は、皆無だ・・・

そんなわけで、朝からパチンコ屋に並ぶ日が多くなったが、そうそう儲かるわけでもなく・・・新聞配達のバイトもしたが、前夜飲み過ぎて遅刻してしまい、首になった・・・

そんな悲惨な日々を送る俺の唯一の楽しみが
自宅近くのスナックに通うことだ
その店に、由香と言う源氏名の娘が居た

「先生、漫画家なんですってね、すごいわ!どの本に載っているんですか?ジャンプ?マガジン?」
先生と言ってくれるのは、今じゃこの店の女の子だけだ
「ジャンプにもね、描いてくれって頼まれるんだけどさ、断ってるんだ、今はライフワークとして人類と神についての長編を描く準備をしているんだよ」
「人類と神?なんだかテーマが大きいですね、なんか楽しみ!出来たら見せてくださいね!」
「もちろん、由香ちゃんに一番最初に見せるよ」
もちろん口から出まかせだ

「嬉しい!先生何か歌います?」
「う〜〜〜ん、そうだな・・・じゃ岡林の(自由への長い旅)を入れてくれるかな」
「じゃあ、由香も一緒に歌うね」


いつのまにかわたしが
わたしでないような
枯葉が風に舞うように
小舟が漂うように
わたしになるために
育ててくれた世界に
別れを告げて旅立つ

信じたいために疑い続ける
自由への長い旅をひとり
自由への長い旅を今日も



彼女とふたりで歌っているこの時が、俺にとって一番幸せな瞬間だ

俺はある時、思い切って誘ってみた
「お店が終わった後、二人だけで飲みに行かないか?」
「ごめんなさい、アフターはひとりで行っちゃいけないの、誰かとふたりならOKなんだけど」
「じゃあ、休日にデートするってのは?」
「休日はお母さんと買い物に行く予定なの・・」

そりゃそうだよなぁ・・・と俺は思った
彼女の父親は52歳だと言う
俺よりずっと年下だ
こんな還暦まじかのおじさんとデートなんかしたって面白くないだろう・・・

いつも思っていることだけど・・・人生ってつまらない・・・人生って味気ない・・・幸せって何だろう・・・俺は落ち込みやすい性格だった・・・

そんな時
高校時代の友人から電話が来た
友人は高校から大学へ進み、今も大学の研究室に残って、研究三昧の日々を送っている、
俺の友人には珍しい勉強家だ

研究室に行くと部屋の真ん中にスバル360が置いてあった

「山田!やったぜ!」
山田と言うのが、俺の名前だ
「何をやったんだ?」
「この車は、実はタイムマシンなんだ!」
「タイムマシン?ってことは未来でも過去でも行けるのか?バック・ツゥザ・フューチャーってことか?」
「そのとおりだ!」
「それがホントならすごいなお前!ノーベル賞もらえるぞ!」
「ノーベル賞どころじゃないぞ!これを売り出せば、俺は大金持ちだ!」

「実験したのか?」
「いや・・・それがまだなんだ・・・研究室の誰も、これに乗りたがらない、失敗したら戻ってこられないんだからな・・・そりゃ乗りたくないよな」
「自分で試してみればいいじゃないか?」
「うん・・・そう思ったんだけどさ・・・妻が反対するんだ・・・」
友人は去年12歳下のキャビンアテンダントの女と結婚したばかりだ、俺がこんなに不幸なのに、なんて幸せな奴だ、ムカつく・・・

その時、ひとつの考えが浮かんだ!

「俺がやってやるよ、実験!」
「ホントか!?」
「ああ、俺は昔からタイムマシンに乗るのが夢だったんだ」
「山田なら、そう言ってくれると思っていたよ」
・・・なんだ、こいつ、そのつもりで俺を呼んだのだな・・・
またムカついた、こいつの鼻を明かしてやる!

翌日、研究室のみんなが集まり、実験を始めることになった
まず、テストとして一時間後の未来に行くことになったが
俺は素直に言うことを聞くふりをして、気付かれないようにタイムトラベルの目標時間を2001年にした

実験開始
俺の乗ったスバル360はタイムトラベルした

到着したのは2001年の東京
旅客機がニューヨーク世界貿易センタービルに衝突したと、世界中が大騒ぎしていた9月11日だ
タイムトラベルは大成功

俺の目的はこの世界で、15歳の由香を探して拉致することだ・・・


つづく









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