その後、ステージには、高田渡、加川良、岩井宏が上がって「ごあいさつ」「銭がなけりゃ」などを歌い、そして、のこいのこ、はしだのりひことマーガレッツ
夕方からは遠藤賢司「夜汽車のブルース」最高だ!それから五つの赤い風船
「遠い世界に」の客席巻き込んだ合唱は泣ける!
そして、なんと、チェコスロバキア・スルク大舞踏合唱団が「ジプシーの音楽」
ここらへんになるとフォークだか何だか分からない、まるで新宿の歌声喫茶ともしびみたいな感じだ
さらに、村岡実とニュー・ディメンションの「追分」と来た日にゃ、何でもありですか?

真夜中になると岡林信康登場!私たちの興奮は最高潮!泣いていた18歳の俺も声を涸らして叫んでいる
はっぴいえんどをバックに「私たちの望むものは」を歌う
朝方になると六文銭、ソルティ・シュガー、赤い鳥、午前11時に岡林信康が再度登場
ほぼ丸一日24時間弱の全日本フォークジャンボリーは幕を閉じた

蒸気機関車に乗って帰る俺たち三人組
18歳の俺も、12歳の彼女も疲れ果てていた

59歳の俺は、今後どうするかを考えていた
12歳の彼女を好きになるようにしなくては
そして、12歳の彼女も、同じように18歳の俺を好きになるようにする
59歳の俺は、いわばキューピットだ!

今回は失敗してしまったが
やはり、18歳の俺をフォークシンガーとしてデビューさせるのが一番良い方法だろう
何と言っても、59歳の俺は、何の曲がヒットするか全て知っている

「神田川」はちょっと時期が早すぎて失敗したが
次は慎重に行こう

吉田拓郎はこの年の前年に「古い船を動かせるのは古い水夫じゃないだろう」という自主制作アルバムを出し、1970年には「ニュー・フォークの旗手」と呼ばれていた
拓郎の曲をパクるわけにはいかない

井上陽水か・・・
彼はこの時代「アンドレ・カンドレ」という芸名で活動していたが、ほとんど売れていない
陽水の「傘がない」をパクってやろうと、18歳の俺に楽譜を渡して歌わせてみたが、高音が全然出ないので・・・陽水は諦めた・・・

もしかして、18歳の俺は才能無い奴かも・・・と、思わないでもなかったが
「いやいや、歌の下手なフォークシンガーなんてたくさんいる!大切なのは曲だ!」
そう思うことにした

この時代の歌は、時代と共に流れていた
「傘がない」が1970年に発売されたとしてもヒットしてはいないだろうし、吉田拓郎の「結婚しようよ」が拓郎のデビュー曲だとしたら、ヒットすることもなく、それで終わっていたかも知れない
歌が生まれてくる背景には、その時代の持っている空気が反映しているに違いない

だとすると今は雌伏の時か
まず、ギターをみっちり勉強させよう
いまはC、Am、E、Gぐらいしか押さえられない
まず、Fをちゃんと押さえられるようにさせなくちゃ・・・
そこからやらなきゃいけないなんて・・・情けない

しかし、これが大いなる一歩だ!
目指せ紅白歌合戦!


つづく


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