• 2012.05.20 Sunday
 母はアイヌ人です

今は廃線になってしまいましたが
北海道南部にある鵡川という駅から日高町まで、富内線が走っていました
そこの旭岡という駅が祖母の住んでいた場所です
駅の周りには何も無く、祖母の家までは、川を越え、崖のような坂を登り
一時間くらいかけて歩いて行ったと思います

平屋の家には部屋が四つか五つくらいあったようですが
当時は祖母が一人で住んでいたので、使用している部屋は二つだけでした
使われていない部屋には雑然と物が積まれ、アイヌの椀などが転がっていました

祖母は口の周りに刺青を入れていました
もちろん、昭和生まれの母には刺青はありません

11人兄弟だと聞いたことがあります
祖母の家には軍服を着た長男の写真が飾られていました
僕らが知っているのは「焼酎おじさん」と呼んでいた酒臭い兄だけです

母がどういう理由で田舎を出たのかは、分かりません
僕が物心ついたころには、親戚付き合いが殆どありませんでした

僕の一番古い記憶は
北海道苫小牧に住んでいた時のもので、3歳くらいだと思います
ずっと長い間、僕の本籍は「苫小牧王子町」でした

飲み屋で働いていたころに父と出会い、結婚
男の子が三人生まれ、僕が小学二年生の時に離婚
離婚後はずっと飲み屋で働いていました
最期も飲み屋で倒れ、そのまま亡くなりました

輪西で「照美」をやっている頃
店と部屋との間にあるドアに小さな穴が開いていたので
僕は時々そこから店内をのぞいていました
小学校の担任の先生が店にやってきたことがあります
穴から覗くと、先生と母がキスをしてました
子供心に「先生もただの男なんだな」と思ったのを覚えています(笑)

東京で落ち着いたころ・・・30年前くらいかな・・・
一度東京に呼んだことがあります
帰った後も、飲み屋で働きながら東京の話をしていたそうです
それだけが、親孝行ってところでしょうか




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